安住の地を求めてパリを旅立ち、次なる都バンコクへ

バンコク 惨劇の跡

先週末、バンコク駐在邦人の要である伊勢丹がようやく営業を再開しました。
営業停止に追い込まれた約二ヶ月間の損失を取り戻すことはできないまでも、それぞれの店舗でセールが行われてお客さんもいっぱいになってました。
私も、紀伊国屋さんが雑誌半額セールを行っているというので、ちょっとだけ見に行ってきました。

BTSチットロム駅から空中歩道を歩いていくと、燃え尽きたCW(セントラルワールド)を一望することが出来ました。
CWの全体面積からすると、東京にこの規模の大型複合デパートって多分ないと思うのですが、都市の主要ビルという意味では、六本木ヒルズ陥落くらいの出来事だと思っていいと思います。

CWに向かう空中歩道のガラスに撃ち合いがあったことを物語る弾丸の跡・・・。
この他にも数カ所撃ち込まれた跡が残っていて生々しさを伝えています。

そしてそのCWの一角ZENSFワールドシネマも全焼・・・なんてことだ。

ZENというのは、日本で言うところの、パルコとか丸井みたいな若者向けファッションデパート。
品揃えが好きでよく行ってたので、この「ZEN」ロゴの焼け落ちたところはかなりショッキングです。
SFWシネマもクオリティの高いシネコンで、バンコクでは一番好きだったので悲しすぎます。

中の方は目隠しがしてありあまり見えませんでしたが、ほぼ全焼のもよう。
まだ工事の骨組みだけでしたが、復旧作業も徐々に進められていていました。

完全復活まで1年はかかるとのことなので、私がタイにいる間はもうZENとCWにお世話になることはないのかもしれません。

伊勢丹はCWの中でも奥の方にあったので、幸いほとんど無傷みたいで、早々に再開することが出来たようです。

といってもCW正面からの入り口はすべて封鎖されていて、伊勢丹までは外の長い歩道を通って行きました。
その歩道にはPEACE BOARDが設置されていて、たくさんの市民から励ましの寄せ書きがされていました(中にはおかしな書き込みもありましたが)。

今バンコクではオバマ大統領の言葉をリスペクトしてか「Together WE CAN」という合い言葉を掲げています。
このTシャツを着た人も街でちらほら見かけます。一連の復興運動を応援するものだそうです。
今のタイは、経済の要である観光業をぼろぼろにし、多くの外資企業を撤退させて、国際的な信用も失っています。
タイで生活する一住人として、いち早い復興を願っています。

潜入 ペニンシュラ・バンコク

かの内戦(反タクシン派デモ)によって致命的に打撃を受けたのは、地元の商工業だけではなく、最もタイの経済を支えている観光業でした。政府はタイ観光ビザの無料化を来年2011年3月まで延長し、激減した観光客を呼び寄せるために必死です。
そんななか、在タイ邦人を相手にしたホテルプランなども目白押しで、この機会を逃す手はないと思い立ち、普段なら絶対に行かないような高級ホテルペニンシュラ・バンコクへと足を踏み入れたのでした。

通常の3分の1くらいの宿泊料とそれだけでも十分お得ですが、コルドンブルー仕込みのフレンチディナーが1食ついて、さらにこれまでに見たこともないような豪華な部屋に案内されて驚きました。ちょっとしたスイートルームでした(スイート見たことない)

私が見て調べた限り(ドライヤーまでも)全ての備品がP(ペニンシュラ)印の入ったオリジナル製で、トイレットペーパーの折り目にすらPの箔押しという徹底ぶり。仰々しくて使うのが勿体ないと思わされます。

プールは棚田のようなヘンな形をしているものの、広さは十分ありいっぱい泳げるし、プールサイドのなによりベッドがふかふかなのが嬉しい。軽く運動できるフィットネスやエステも充実していました。バンコクのビル群をプールサイドから眺めると、都会のオアシスってこういうことだなと感じます。

ペニンシュラは香港系ホテル会社なので、随所に英国風というのを意識していて、タイにいながらちょっとしたヨーロッパ気分を味わえました。プールで汗をかいた後は、初めてのアフタヌーンティー。結構なお値段しますが、おやつというよりは、サンドイッチやスコーン、ケーキなどたくさんあって、お腹いっぱいになりました。優雅なひとときでした。

ネパールの女たち

サリー
ネパールの女性たちはインドと同様にサリーという民族衣装を纏っています。これは何か重大なイベントがある場合とかでなく、ちょっと外におでかけするときにも着るものらしく、そこら中で見かけることができます。ガイドさんも最終日にはサリーで空港まで来てくれました。
ただ若い女の子の間では、普段(友達と買い物など)はTシャツにGパンなど今時の格好をして、公式の場(学校など)にはサリーを着るという使い分けも見られました。

街の中にはサリーの仕立屋さんがいっぱいあり、色とりどりで綺麗なもの、ラメ入りのキラキラのものなどたくさんの種類の布が売られています。
聞いた話では赤いサリーを身につけている女性は既婚を意味しているということです。ということは喪中は黒いサリーを着るんでしょうね。

おでこの印
ネパールでよく見られるおでこの真ん中の赤い印はティカと呼ばれています。お祭りや儀式などで祠祭からして貰う場合は男性でも付けて良いそうですが、基本的には女性に付けるものらしいです。
女性は結婚が決まると(婚約)「もう決まった人がいます」(えぇ~)という印として赤いティカをつけます。眉間から前髪の付け根まで伸びているのは「夫が長生きする」ため(ええぇ~)の願掛けなんだそうです。そして夫が亡くなると赤いティカが黒いティカに変えられます。サリーと同様、いわゆる喪に服すという状態。まったくの他人から「この女性は独身か、既婚か、未亡人か」がすぐに見て取れるわけですね(唖然)。

この一般的な伝統とは別に、独身の若い女の子の間では鮮やかな色のサリーを着て、それに合わせた色のティカを付けるのがオシャレなんだそうで、市場ではティカシールなるものが売っています。オシャレって奥が深い。
お釈迦様の第三の目と同じいわれがあるのかは不明ですが、とにかくおでこは神聖な場所だそうです。

クマリの館
クマリというのは人々から崇め奉られるネパール独特の生き神様の少女のことです。
クマリは3~4歳ごろに特定のカーストの家柄出身かつ数多くの条件をすべてクリアた少女が選出され、年に3、4回お祭りなどで世間にお披露目するときを除き、基本的には館に閉じこめられて生活します。クマリの期間は初潮を迎えると終了し、その後は実家に戻り庶民の生活を再開します。
でも一番の成長期にまともな教育を受けていないので普通の生活に支障があったり、元クマリと結婚する男性は半年で病気になって死ぬなんて噂もあるそうです。

クマリの館では誰かがお布施をすることで数秒間クマリが窓から顔を出す(こともある)ため、団体の観光客が多いときはチャンスと、私もいそいそと行ってみたのですが、この時は残念ながら拝むことができませんでした。

カトマンドゥのクマリロイヤルクマリと呼ばれ、国内で一番権威があるのですが、パタンやバクタプルなどにもそれぞれのクマリがいるそうです。この特異な伝統も、やはり人権擁護団体などから非難されているようで、近い未来にどうなっているかわかりませんが、人々の間では依然クマリ信仰が根強く残っている感じが伝わってきました。
世界にはまだまだ理解の及ばないことがたくさんあるなと痛感した次第です。

ヒマラヤ遊覧飛行

いざネパールに旅行するとなれば(一生に)一度は見てみたいと思うに違いないヒマラヤ山脈。かく言う私も旅の途中で申し込みました。数社ある航空会社によって値段はまちまちですが、だいたい150~180USドルくらいでした。朝6時半くらいにカトマンドゥの国内線空港へ到着。国際線を遙かに上回るオンボロ感が伝わってきます。

空港の中では予想以上にもの凄い人で混雑していました。なぜか男女別のセキュリティを抜けて、待合室で自分の便が呼ばれるのを待つこと30分。ミニバスで移動。燃料を入れている最中の飛行機の前でしばし待たされ、なんだか不安な感じがありつつも乗り込みました。座席は3×10列ですが、景色を見るため真ん中の席は使わず窓側だけなので、乗客は約20人でした。

機内では向かって右の窓側席に座っていたので、GPSを元に後で作ったgoogleマップでのルートを見ると一目瞭然ですが、行きはほとんど山脈が見えません。窓から覗くと下の方に雪の積もってない山々と、山間の集落が見えるだけです。左側の窓をなんとか覗こうとしてるとCAさんが「後で旋回するから」となだめてきました。

旋回を待っている間に「乗客全てがコックピットを覗けるサービス」(各社実施)が始まり、呼ばれたので行ってみました。パイロットの2人は愛想良く、「あれが~山、あれが~山」と教えてくれたのですが、エンジン音がうるさくてさっぱり聞こえませんでした。ただコックピットからの眺めはもの凄く綺麗でした。

エベレスト
そうこうしているうちに旋回が始まり、今度は山脈が右手にやってきました。ルートで分かるように行きよりも接近しているので、エベレストがかなり間近にはっきりと見ることができました。
他の山もすべて名前があり、簡単な見取り図を元にCAさんが説明してくれますが、どれがどれだかよく分かりません。でもエベレストだけはしっかりと形を確認できたので、方々から「おぉー」という感嘆の声があがります。

降りる直前になりCAさんが代わる代わるやってきて、一緒に写真を撮ろうと言われプチ撮影会が始まりました。私は最後列に座っていたので、特典かもしれません。その後機内では修了証のようなものが全員に配られました。だからなんだということもないですが記念です。

最初はちょっと高いなぁと渋っていたヒマラヤ遊覧飛行。ネパールに来てエベレストも見ないで帰るなんて、もう二度と来ることはないかもしれないし、という気持ちと共に参加しましたが、行ってみたら結構興奮して十分に面白かったです。

ぢみ散歩 ネパールに行く 第三回

カトマンドゥ・ダルバール広場
この旅3つ目の王宮(ダルバール)広場。首都であるカトマンドゥの広場だけあって、その交通量はハンパではなく車も人も入り乱れています。外国人と見るやネパール笛や金物細工のようなものを売りつけてくる少年達がいます。広場の中央にはシヴァ神とその妻パールヴァティーが窓から顔を覗かせる寺院があります。これは「シヴァが見てる」ということを意味するので、ここの下で様々な儀式を行うようです。

カトマンドゥ王宮博物館
広場のなかには王制が廃止されてから博物館として改装された王宮があります。ここではカトマンドゥ王家の歴史や生活を紹介しています。初めは物珍しくへぇーと思いながら見て回りましたが、1つの建物が終わり預けた荷物を取りに行くと「まだある」と言われ、次の建物へ。
さらに次の建物へと、延々と続く王家の写真や肖像画に途中から嫌気がさして帰りたい気持ちにさせられますが、道は一方通行で後戻りできなかったので、仕方なく早足で逃げるように出てきました。軽い気持ちで入ってはいけません。入り口でカメラだけでなく持ち物全てを預けさせられるので、鼻もかめずに大変でした。

王宮広場の脇でみんなが読めるように各種新聞を壁に貼ってある場所がありました。それほど新聞は高いのでしょうか。

ビムセンタワーはダルバール広場から少し南の方へ歩くとあります。高さは約62mとそれほど高くはないですが、他に高いところもないのでカトマンドゥ市内を一望できるとあって賑わっていました。入場料が299ルピーと意外と高かったのでスルーしましたが。

タメル地区
タメル地区には外国人向けに土産屋がひしめいています。英語はもちろん、日本語の看板も数多く見られ、外国人と見るやお店の人がせり出してきて「コニチワー」などと声を掛けてきます。バンコクで言うところのカオサンロードのようです。

アサン市場・インドラチョーク通り
タメル地区と王宮広場の間を繋ぐ道はアサンとインドラチョークという市場で、地元の人で賑わっています。女性のサリー用の布屋やさまざまな日用品のお店が並び、浅草・合羽橋のような雰囲気です。